このサイト「航空機がある風景」は、全国の空港で撮影した航空機写真をもとに、撮影場所の選び方、構図の考え方、使用機材や撮影設定などを写真付きで解説する航空写真専門サイトです。

実際の撮影体験をもとに、天候や光の条件、撮影時の工夫や失敗例も交えながら、これから航空機撮影を始めたい方や、表現の幅を広げたい方に向けて実践的な情報を発信しています。

  • 目覚めるHND

    漆黒の空の夜明け前、国際線が次々と降りてきていた

    京浜島の前からはトーイングされた機が次々とターミナルへ

    空はあっという間に蒼から赤へ

    日の出と共に北へ南へと出発機が続いた

    Nikon Z6Ⅲ NIKKOR Z 70-200mm f/2.8 VR S

    夜と朝がせめぎ合うわずかな時間帯に、羽田空港が持つリズムそのものを写した一枚だ。漆黒だった空は、夜明け前になると一気に表情を変え、濃い藍から深い橙へと移ろっていく。その短い時間に、国際線は次々と到着し、空港は眠りから覚める準備を始めていた。
     
    京浜島の前に立つと、その変化はより立体的に感じられる。トーイングされた機体が静かにターミナルへと引き込まれ、滑走路の向こうでは次の出発を待つ機体が息を潜めている。動きは多いが、どこか抑制され、夜明け前特有の緊張感が漂っていた。
     
    構図の中で意識したのは、「時間の流れ」を一枚の中に同居させることだ。手前には駐機中の機体と顔を出した太陽、上空には上昇を始めた出発機。それらを同時に収めることで羽田の朝を象徴的に表現した。空の色が急速に赤へと傾いていく中で、シルエットとして浮かび上がる機体は、細部を語らない代わりに、目覚め前を雄弁に物語っている。
     
    70–200mmという中望遠域は、この距離感にちょうど良かった。空を大きく取りつつ、地上の機体をしっかりとフレームに残せる。広角では散漫になり、望遠では時間の広がりが削がれてしまう。その中間の選択が、この写真の静けさと密度を支えている。
     
    夜明けとともに、北へ、南へと出発機が続き、空港は完全に目を覚まし、昼の顔へと切り替わっていくが、この色、この空気はほんの一瞬で消えてしまう。「目覚めるHND」と名付けたのは、羽田が動き出す前の、このわずかな隙間の時間を表現できたからだ。この一枚は、派手な瞬間ではない。しかし、空港という場所が持つ鼓動を、最も素直に感じられた時間を写せたと思っている。夜明け前、羽田の鼓動が徐々に大きくなっていた。

  • 結晶の輝き

    画面左下にキラリと光る結晶がある

    構想段階では真っ白な雪原にその輝きを見ていた

    撮影の一瞬は影を追うのでパンパン

    帰ってきてから想像の結末を確認するのが楽しい

    Nikon Z8 NIKKOR Z 20mm f/1.8 S

    主役を飛行機だけに置かず、足元の雪にまで視線を広げたことで生まれた一枚。画面左下に、太陽光を受けてキラリと光る雪の結晶がある。構想段階では、真っ白な雪原の中にその小さな輝きを見つけ、「これを画面に残したい」という思いが強くあった。冬の雪景色は一様になりがちだが、よく見れば光を反射する粒子が無数に存在している。その存在感を、飛行機と同じフレームに収めることが、この作品の出発点だった。
     
    しかし撮影の瞬間は想像していたほど静的ではない。機体は頭上を通過し、その影も同じ速度で一瞬で通り過ぎてしまう。構図を整え、雪原の輝きを意識していても、シャッターを切る瞬間はどうしても影と機体の動きに引っ張られ、結果として細部まで完璧にコントロールできたわけではないが、その不確かさこそが、この一枚にリアリティを与えている。
     
    画面全体は寒色に支配され、空と雪原が静かに広がる。その中で、機体の背後から差し込む太陽の光が漏れていることがこの影の形を物語っているはずだ。
     
    20mmという広角レンズは、空間を大きく捉える一方で、足元の情報も捨てない。雪面の質感、微細な凹凸、そして結晶の反射。それらが画面に残ることで、極寒の朝の空気がより具体的に伝わる。
     
    撮影後、帰宅してから画像を確認すると、現場では気づききれなかった雪の輝きや、影の流れが、画面の中で改めて立ち上がってくる。想像していた結果と、実際に写っていたものが微妙に違う。その差を楽しめることも写真の楽しみだ。
     
    「結晶の輝き」は、計画と偶然の間に生まれた一瞬。狙い通りでなくても、足元にあった小さな光が、確かにこの写真を支えている。その構想を持ち帰れたことが、この一枚の何よりの収穫だと思っている。

  • しゃがんで構成

    撮りたい方角に点在する雑音

    電柱や雑木 道路や車もそうだ

    それを雪の前ボケで覆ってしまおうとする大雑把な処理

    これでも背後の山選びの結果だ

    Nikon Z8 NIKKOR Z 600mm f/6.3 VR S

    構図を整えるために“位置を変える”ことの大切さを、あらためて実感させられた一枚だ。狙いたい被写体は明確だったが、正面方向には電柱や雑木、道路や車両といった雑音が点在しており、立ったままの視線ではどうしても画面が落ち着かない。空と機体、そして背景の山だけで成立させたいという意図に対して、現実の風景はあまりに情報量が多かった。
     
    そこで選んだのが、思い切ってしゃがむという選択だった。視点を一段下げるだけで、手前の雪が前ボケとなり、煩雑だった要素が一気に隠れる。いわば「雪の前ボケで覆ってしまう」という大雑把な処理だが、この環境ではそれが最も合理的だった。結果として、画面下部は白一色に整理され、主役である機体と、背後の山並みが素直に浮かび上がった。
     
    この写真では、機体の大きさ以上に、背景との関係性を重視している。山の斜面に残る雪の表情は、細かい粒立ちを持ち、機体の白とは異なる質感を見せてくれる。その差異があるからこそ、白い機体が背景に埋もれず、輪郭を保ったまま存在できている。しゃがんだことで背景の山選びにも自由度が生まれ、この結果につながった。
     
    600mmという超望遠は、構図を切り取る一方で、少しの立ち位置の違いが画面に大きく影響する。上下数十センチの変化が、背景の重なりや前景の処理を大きく左右するのだ。この一枚は、ファインダー越しに見える「うるささ」をどう消すか、その場で考え、身体を使って調整した結果でもある。
     
    派手なテクニックではないが、しゃがむという行為は、風景を整理するための確かな手段だと感じている。雑音を消し、必要な要素だけを残す。その判断の積み重ねが、最終的な一枚を形作る。この写真は、その過程が素直に反映された結果だと思っている。

  • 冬の朝

    関東から富士が見える確率、夏と冬では大違い

    冬の快晴であれば高い確率で白い富士が望めるのだ

    7時発のエアドゥ、これに乗るための道中はまだ暗い

    B767がグッと浮き上がるとやはり富士が居た

    Nikon Z6Ⅲ NIKKOR Z 50mm f/1.8 S

    空港という人工的な空間と、冬ならではの澄んだ大気がもたらす自然の景色が、最も素直に重なった瞬間を写した一枚だ。関東から富士山が見える確率は、夏と冬で大きく異なる。冬の快晴時、特に朝の時間帯は、その存在感が際立つ。この日も、空気は張りつめるように澄み、視界の奥に白い富士がはっきりと姿を見せていた。
     
    7時発のエアドゥに乗るため、家を出た時間帯はまだ暗く、撮影というより移動が目的の朝だった。それでも、冬の朝特有の「もしかすると」という予感は捨てきれない。空港に到着し、機体が動き出す頃には、太陽は低い角度から滑走路を照らし始めていた。光は強すぎず、影は長く、空港全体がゆっくりと目を覚ますような時間だった。
     
    構図の中で意識したのは、手前のB787と、奥に広がる空港施設、そしてその先に控える富士山の三層構造だ。主役はあくまで動き出す機体だが、富士山が入ることで、この場所、この季節、この時間でしか成立しない背景が完成する。B767が滑走路からふっと浮き上がる瞬間、「やはり富士はそこにいた」と感じたのは、理屈ではなく感覚だった。
     
    50mmという標準域の画角は、広すぎず、情報を詰め込み過ぎない。管制塔やターミナル、駐機中の機体群といった要素が整理され、朝の空港らしい秩序が保たれている。その中で、富士山は決して主張し過ぎず、しかし確実に画面の重心を支えている。
     
    この写真は、狙って撮りに行った一枚ではない。移動の途中、日常の延長線上で出会った光景だ。それでも、冬の朝という条件が揃ったことで、空港という場所が持つスケールと、日本らしい風景が自然に結びついた。冬の快晴の朝は、早起きした者だけが立ち会える時間だ。その静かなご褒美を、機体の動きとともに残せたことに、深い満足感を覚えている。

  • 夜露と朝焼け

    夕刻に寄りがちな熊本の撮影

    新しくできた益城のホテルに泊まっていた

    最悪の天気予報だったがカーテンを開けてビビッときた

    速攻で飛び出した道中では黒雲や虹に遭遇

    Nikon Z8  NIKKOR Z 600mm f/6.3 VR S

    夜が明けきる直前、空気がまだ夜の名残を引きずっている時間帯に生まれた一枚だ。撮影地は熊本。前夜から天候は不安定で、予報も決して良いものではなく、正直なところ朝焼けへの期待は高くなかった。夜露が残る早朝、半ば惰性のようにカーテンを開けた瞬間、空の色に違和感を覚えた。
     
    山の稜線の向こうが、静かに、しかし確実に色づき始めていた。まだ太陽は顔を出していないが、雲の裏側で光が動いているのが分かる。迷っている時間はなかった。機材を手に取り、即座に外へ出た。朝の光は待ってくれない。
     
    離陸していく機体を追う中で、空は刻々と表情を変えていった。低い雲が流れ、場所によっては黒く沈み、別の方向では淡いオレンジが滲む。移動の途中では黒雲や虹にも遭遇し、朝特有の不安定さを肌で感じていた。朝焼けは一様ではなく、狙った色が出る場所は限られている。その中で、山を背景に最も自然なグラデーションが残る位置を選んだ。
     
    600mmで切り取った画面には、朝焼けを背に上昇していく機体の背中が写っている。その控えめな表情が、むしろ「朝」という時間帯を強く感じさせてくれた。
     
    この一枚は、計算された朝焼けではない。予報に裏切られ、確信も持てないまま動いた結果、偶然立ち会えた光景だ。それでも、夜露が残る時間帯に空を信じて動いたことが、この写真につながった。夜と朝の境界にある、ほんのわずかな時間。その不安定さと期待感を、機体の後ろ姿に託した一枚だと思っている。