このサイト「航空機がある風景」は、全国の空港で撮影した航空機写真をもとに、撮影場所の選び方、構図の考え方、使用機材や撮影設定などを写真付きで解説する航空写真専門サイトです。

実際の撮影体験をもとに、天候や光の条件、撮影時の工夫や失敗例も交えながら、これから航空機撮影を始めたい方や、表現の幅を広げたい方に向けて実践的な情報を発信しています。

  • ✈ a.熊本空港 | 熱き冬の肥後

    夕陽で染まる冠雪の阿蘇

    クルーやギアも夕陽でいい色に染まりながらのランディング

    日没まで間があるような力強い光なら順光で狙うのがいい

    日没間近の力ない光では逆光で狙うのがいい

    Nikon Z8 NIKKOR Z 600mm f/6.3 VR S

  • ✈ 6.出雲空港 | 鳥の宝庫

    宍道湖には8万羽の鳥がいるという

    この白鳥も首を漬けて湖底を漁っていた

    B767がそこまで来ているのに顔を上げてくれない

    ちょっと遅かったがようやくその時が来た

    Nikon Z8 NIKKOR Z 70-200mm f/2.8 VR S f16

    宍道湖は日本でも有数の水鳥の楽園として知られ、季節を問わず多くの命が集う。

    この日も湖面には鳥たちが浮かび、静かな冬の光景が広がっていた。その中で、一羽の白鳥がゆっくりとこちらへ向かってくる。

    人の存在や、遠くから近づいてくる機体の気配にもほとんど関心を示さず、何度も水中に頭を沈めて湖底の餌を探していた。

    自然の中で生きるものにとって、それは日常の一部に過ぎないのだろう。だが、撮影者にとっては、その無関心さがかえってこの場所の本質を語っているように感じられた。

    やがて羽田からののB767が姿を現す。湖の上を通過するその瞬間、人工の翼と自然の翼が同じ空間を共有することになる。空を飛ぶという同じ行為を持ちながらも、その意味はまったく異なる。

    人の技術が生み出した飛行機と、進化の中で飛ぶ力を得た鳥たち。その対比は、この宍道湖という場所ならではの光景である。

    白鳥は依然として水面を進み続け、飛行機の存在に気づくこともなく、自らの時間を守っていた。

    人間にとっては特別な瞬間も、自然にとってはただの流れの一部でしかない。

    この写真は、空と水の間にある静かな共存を記録した一瞬であり、自然と人工が互いを侵すことなく同じ世界に存在していることを、静かに語りかけている。

  • ✈ 4.神戸空港 | さんふらわあ

    大阪から別府行きのさんふらわあ

    三連休初日とあって満席の船内はレストランも長蛇の列

    神戸港沖を通過するとき千歳からのスカイマークがやってきた

    一応持ってきたという撮影機材の性能を出し切って何とか記録

    Nikon Z6Ⅲ NIKKOR Z 24-200mm f/4-6.3 VR

  • ✈ 5.米子空港 | 厳つい夜景

    日中、中海の南側を散策していた

    べた凪を期待して夜に再訪したがそう甘くはなかった

    長時間露光でそれを誤魔化そうなどとするも邪道

    ただ夜にシルエットで映えている不気味な光景がそこにあった

    Nikon Z6Ⅲ NIKKOR Z 600mm f/6.3 VR S

    日中は中海の南側を歩き回り、静かな水面にわずかな期待を抱いていた。工場の煙は真上に昇り、水面が静まり“べた凪”状態。

    しかし夜になって再訪してみると、水面はわずかに揺れ続けていたので長時間露光で誤魔化そうとしたが完全な鏡面にはならない中途半端な結果。

    対岸には静かに並ぶシルエットの機体。JASDFの建屋から漏れる強い光が、青白い帯となって水面に落ちていく。

    静寂の中にあるはずの空港が、わずかな風と水面の動きによって、生き物のような気配を帯びる。昼間には決して見えない、不気味とも言える光景がそこにはあった。

    完全な条件ではなかった夜の表情。改めてトライしたいシーンだった。

  • ✈ 5.米子空港 | サクラなら

    スタアラ塗装機が駐機中に青空が広がり始めた

    この樹はサクラだろうか

    もしそうならここでも春らしい絵が撮れる

    それももう間もなくだ

    Nikon Z6Ⅲ NIKKOR Z 70-200mm f/2.8 VR S

    車を走らせていると視界の端に入ってきたのが、葉を落とした一本の木だった。冬の名残を残したまま、空へ向かって細い枝を伸ばしている。

    この木はサクラだろうか、確信は持てない。しかし、もしそうなら――この場所は、もうすぐ全く違う表情を見せるはずだ。今は無機質に広がる枝のシルエットも、春になれば淡い花びらをまとい、空と機体の間に柔らかな層を生むだろう。

    機体を主役に据えながらもあえて右側に木を大きく配置し、青空を背景に枝の線と機体のフォルムを対比させる。冬の空気の中に、まだ訪れていない春の気配を忍ばせる構図だ。

    作品の多くは「今」を切り取るが、この一枚は、少し先の時間を見据えている。ここに花が咲いたら、どんな光景になるだろうか。同じ進入路、同じ空、同じ機体でも、枝先に色が乗るだけで全く別の写真になるはずだ。

    それも、もう間もなく。冬の終わりと春の始まり、その狭間に立ちながら、次に訪れる瞬間を思い描いた一枚となった。